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2009年9月

ライブ参加

大阪のライブBARで歌って来た。

昨年来の「マイサウンド」の友達がきてくれていたのと、(お目当てはどうも、僕ではなかったみたいw)最近スティッカムで友達になった方も、ご友人と一緒に来てくれて、和やかな雰囲気の中、数曲演奏させていただいた。

相変わらず、雑でホンキートンクな音しか出せない自分に対していらだちながらも、課題がたくさん見えた有意義な時間だった。またその場にいらっしゃった皆さんのあたたかさが心地よく、またここでやりたいと思える空間だった。自己満足かも知れないけど、ちゃんと出来たら、もっと楽しいだろうな?と思った。

次回ライブはまだ未定だけど、機会があればチャレンジしたい。それが僕にとって下手固めであっても、不安定な下手よりは安定した下手のほうがいいかな?共演の皆さんも、距離や立ち位置を測れるし。

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どうぞぼけていませんように。

これはどこかに書いた気もするけど・・・もしほかで書いていたら「ついにボケたな?」と笑って。

先日友達のライブ映像を編集していた。ビジュアルも良いし演奏も良いから、ついつい真剣に見とれてしまうので作業がなかなかはかどらなかった。

音楽を聴くには、楽曲の音だけに集中して聴くのも良い。画像のスライドショーを見ながら聴くのも良い。演奏者のライブ映像を見ながら聴くのも良い。でも歌詞の表示についてははどうだろうかと思うことがしばしば。曲のイメージを感じるには文字よりも音だけの方がいいような気がする。

最近テレビのお笑い番組などで、出演者の発言や歌番組での歌詞を画面下にテロップで出しているのをよく見かける。もちろん沢山の視聴者のことを色々と配慮した結果なのだろうな。でも僕の場合、そのおかげであまり集中して聞かなくても理解できるので、ぼーっと会話や台詞や歌を聴いてしまっている気がする。「笑う」ということも、芸人のリアクションや表情、声のトーンなどは補助的で、テロップの文字を見て笑っている気がする。

その習慣のせいだろうか?よく家人に「人の話をちゃんと聞いていない」とか「上の空」とかお叱りを受ける。挙句の果てに「今なんて言った?」と詰問される。

たまに家族が話しかけてきた時は、「今日はちゃんと聞かなくては・・」と、正面に身体を向けて一生懸命聞くようにする。ただ内容は、僕が知らない人のプロフィールや、その知らない人がどうしたこうしたという話が多い。それでも、いつもの上の空?な態度を申し訳なく思うので、頑張って聞いて相槌をうつ。ところがそういう状況だと、いつも睡魔が襲ってきて、後半はほとんどこっくりなのか相槌なのかわからない状態で叱られてしまう。もちろんそこにはテロップなるものは無かった(あたりまえ)

これはひょっとしてきっと「テロップ依存症」(そんな病気があるんかい?)で、注意深く人の話を聞くことができなくなったのだろうか?はたまた直前に飲んでいたビールのせいなのか?

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だじゃれ

Nec_1122_6   昼にうどん屋で週刊誌をめくっていたら、オヤジは「音韻連鎖」なるだじゃれが好きだという記事があった。

何例か掲載されていたけど、「うんうん」と実感するのもあったりする。できるだけだじゃれは使わないように、オヤジ臭を感じさせないように気をつけているのだけど・・え!?、「おまえはオヤジだろうが?」って?

そんなひどいことを言うのはだじゃれ?

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すたじお

うちではニ階建て住宅の二階の一部屋に二台のデスクトップPCXP)を並べて設置している。また、隣に祖母が住んでいた古い木造平屋建ての住宅(一見あばらや)があり、オフラインのデスクトップ(Me)が一台ある。

二台のPCを置いている場所は、家族が集まる場所であり通路にもなっていて、ネットライブの途中でドライヤーの「ゴ~~~」という音や、なにかしら喋る声が飛び込んできたりする、雑然とした場所。

よく家族や友人にスティッカムで弾き語りをするってことは、いわばバーチャルにストリートライブをしているようなものだと説明するのだけど、実はパソコンの前でギターを弾くということは家の中でストリートライブではなくホームライブ?をしているようなものなのだ。

夜のリラックスできる時間には、みんなそれぞれテレビを見たり、ネットゲームをしたり、ギターを弾いたりしたいもの。しかしうちは狭いウサギ小屋だから、いろいろとお互いに音が干渉しあう。それなら配置を分散させれば良いのだろうけど、住宅事情や必要最小限のコミュニケーションの場などの理由からこれまでこうしてきた。

うちの家でPCを二台並べているのは、子供達が有害サイトと呼ばれるところに接続することへの牽制の意味が強い。しかし、逆に僕も見たいサイトの閲覧やタイピングなどで制約を受ける場合が多い。どうしても見たいサイトってあるじゃないですか・・・。そして、僕が「書斎」と呼べるのは僕のPCが乗った学習机と3個の引き出しだけ。空間は家族のもの。

最近ますます、その傾向が強くなってきたので、隣の木造住宅にネット環境を作ろうかと思う。(ここは、これまで録音とかで使ってきたり、ごくまれに友人と一緒にギターやキーボードを弾いたりするので“すたじお”と呼んでいる)

やり方は簡単で、二階建ての方のHUBからLANケーブルを引いてきて差し込むだけ。しかし、問題が2点ある。

まず、PCのスペックがしょぼい為、はたしてスティッカムのあの重い状態に耐えられるかどうかということ。そして、きっとますます夜更かしして寝不足になるだろうってこと。

検討が必要かな

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眠いわけ

Photo 昨日の夕方、気晴らしに市内のゲームセンターで全国通信型の麻雀ゲームをしに行っていた。ここは大規模商業施設に併設されたアミューズメントスペースで、でっかい長屋状の施設には100円ショップやら古本屋、眼鏡販売チェーン店がある。

ゲームの切りがいいところだったので帰宅しようと席を立ったら、店内で若い男子数人がなにか揉め事の様子。怒声が飛び交う中を見てみぬふりして駐車場の車に乗り込んだら、店内にいた数人が必死の形相でバラバラと走り出てきた。店員が通報でもしたのかなと思っていたら、店の外で格闘が始まった。この店、実は某暴力団の準構成員(チンピラ)がたむろしてた時期があり、一般の客足が遠のいていた。最近やっと通常営業になったなぁと思っていた矢先だった。

僕が関わる必然性は何もないので、そのまま帰宅した。理解できないけど彼らにはそうさせる事情があったのだろう。外見や言動で判断はできないのかも知れないけど、彼らを社会や企業が受け入れてくれるのだろうか?と心配になる。僕はどちらかと言えば、性格的には武闘派ではなく穏健派だと思っているが、ただ痛いことが嫌なだけの臆病派かも知れない。

そんなことがあった昨夜、珍しく早めの1時に床に入った。でも寝付くまで時間がかかったので1時半まで時計を覚えてた。2時を過ぎたころ、物音で目を覚ました。近くにコンビニがあるので、大型トラックや改造乗用車の大きな音がすることもある。

それかなと思って、またうとうとしたら同じ「バンバンバン・・」という音が聞こえた。どうも隣の家の方向から。そしてまた「バンバンバン・・」と。

お隣は大きな農家の一戸建てで、そこには90歳を過ぎたおばあちゃんが一人住まい。お子さんは何人か市内にいらっしゃって、時々家族で泊まったり、畑仕事のお手伝いやお世話をされている。「ああ、きっと何かの理由でご家族の誰かがやってきてカギが閉まってて合図してるのか、な?」と思った。ところが音はやむことなくだんだん大きくなってきて、終いには「ガシャンバリーン」とガラスの割れる音まで・・

自分にとっては事情のわからない夕方の乱闘の事もあり、お隣の方の心理や家庭の事情などもわからないので、そのまま静観しようかとも思ったが、ひょっと荒っぽい強盗の可能性もあるかな?と思い直し「おばちゃん、大丈夫?」と2階の窓から明かりひとつ無いお隣りに声がけをした。

そうしたらすぐさま「うん。こたないけど(大丈夫だけど)出られんのじゃ」と、大きな声で返事が。

すぐさま駆けつけると、玄関のサッシ引き戸のガラスが、格子ごと何かで叩き壊されていた。そして、まだ大きなガラスの破片がついたままのサッシ枠の中には、外に出ようと半分身を乗り出しているおばあちゃんがいた。「トイレに行きたいけどどこにあるかわからん」と話す。「トイレはおばちゃんの家の中にあるから」と言っても「ここはうちではない!」と。

とても危険な状況で頭の数センチ上には割れた厚手のガラスの先端が・・。とりあえずだき抱えて外に連れ出して、外においてあった靴を探し履いてもらい、肩にショールをかけて、連絡したご家族が来るのを待った。あの鋭利な割れガラスの中、おばあちゃんは奇跡的にかすり傷ひとつ無かった。また家のすぐ傍には国道があり、目を離すわけにはいかなかった。

連絡して来ていただいた娘さんに状況を説明して帰宅、さすがにすぐには眠れなかった。

「そういえばうちのオヤジも80歳になったし、おとといはお風呂のタイマーを間違えて豚しゃぶができそうな熱湯風呂だったな~」とか、「人間は身体と脳の耐用年数が違うのかなぁ?」とか明け方までうつらうつらしながら考えていた。

話はガラッと変って、今月は強化月間なので、気合を入れて頑張るつもり。どうぞつつがなく平凡な9月でありますように。

しかし眠いな。

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顔の話

今日は新聞社主催の地元法人の研究会があり、えらい先生の講演があった。

演題は「睡眠時無呼吸症候群」にからんだ話。他人事ではないので、いつもより興味深く拝聴した。

そのプレゼン資料の中に顔の骨格による発症の差を説明したものがあった。一般的に、あごの小さな人ほどその症状が出やすいとのこと。(もちろん肥満が一番だめらしいけど)

その写真をみてて「あ~僕は南方系縄文系だなぁ~」と痛感した。友達の中には「渡来系弥生人」そっくりの顔立ちの方もいるし、中にはほとんど未来人と同じ顔幅のイケメンの方もいる。

ちなみに僕の場合は、まだ現代人の二つか三つ前の感じなので、早く人間(現代人)になりたいと強く思う。うちの家系では、あと2~3代後の子孫に期待している。

これは別の資料だけど、参考に。

http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/mirai/img-pg/02.html

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なんと11ヶ月ぶり

なんと、マイサウンドに11ヶ月ぶりに曲を登録して公開になった。

しかも3曲。そして3曲ともすでに公開している宅録バージョンのライブ版。手抜きもはなはだしいな・・・・。そう、先日の高知ライブの音源をinayasu氏に送っていただいたのを、あわてて公開した。まだ一ヶ月経っていないからセーフかな?

しかし、11ヶ月もあれば人間の子供なら恥ずかしがりやでもとっくに生まれているなぁ。けっして音楽をやってなかったわけではないけど、曲を作ろうとしても、きっかけがないと出来ないタイプだと再認識した。

この曲のほかに2曲、「Live」と、頭にあるのがそう。よろしければ聞いてください。

「Live きみが眠りにつくまで」

http://players.music-eclub.com/?action=user_song_detail&song_id=243450

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錆付いた引き出し

昨夜、少しだけスティッカムでギターを弾いてたら、高知のお友達が入ってきてくれた。そしてそのお名前が「TOSHIBA」に似てたので、「東芝さんですか?」って。

ふと思い出した東芝のCMソング「光ぁる~光る東芝ぁ~♪」のさわりを歌ったら、フラッシュバックというのだろうか、そのCMソングを聞いた状況までも思い出した。

それは数十年も昔、確か日曜?の夕方のテレビ番組「光速エスパー」の中でだった。当時僕の親戚が近所で東芝加盟店の家電店をしていた、いわゆる町の電気屋さんだった。そういえば、確かに当時としては珍しいシャッターの外側には、この「光速エスパー」のイラストがあったな~。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E9%80%9F%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC

で、この話をしたら、スティッカムの部屋に遊びに来てくれていたアラフォー男子は反応してくれて「知ってる・・」とのこと。「肩に鳥が止まってた・・」との懐かしい話も。ところが同じくいらっしゃってた女子の方々は「知らない・・」とのこと。おかしいな~?てっきり同じ世代かと思ってたのに。それじゃあ女子の皆さんは、セーラームーン世代なのだろうか?それとも平尾まさあきや、ミッキーカーチスなどのロカビリー世代なのか・・・

ずっとずっと思い出すことの無かった光景やメロディが、一瞬でよみがえった。まだこの引き出しを持っていたんだなぁと、我ながらびっくりした。いったい脳のどの部分に保存されているのだろうか?そのくせ、おととい食べた献立は覚えていないのEsper2 に・・

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