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2010年10月

トゥルーマン・ショー

僕には幼稚園から小学校低学年までお気に入りの図鑑があった。

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『絵本百科』(全5巻)平凡社 昭和38年(1963年)

それはビジュアル百科事典。名画や乗り物、食べ物世界の国旗など。当時よく読んで見ていた。そしてその不思議な初めて知る世界に目を輝かせていた。

その中に、「未来の都市」を想像したページがあったと思う。

SF作家が描く世界は、時期が早い遅いの違いはあれ、たくさん現実のものになってきている。テレビや携帯電話、月旅行や自動停止装置のついた車など。人類の知恵・・というか、僕はなにも貢献できていないので、正確には「僕以外の優秀な人類の皆さん」の英知には感服する。

お願いだから、なんとか「銭湯」という文化財がなくなってしまう前に、一粒飲めば透明人間になれる薬を開発市販して欲しいな。あ、いや別にその・・ただあればいいな・・・と。

その未来都市は、漫画の世界だった。いく層にも重なり合うハイウェイや、摩天楼。そして、空を飛ぶ車、透明なチューブの中を行き来する人々・・スーパージェッターが飛んでいるような・・・

先日、出張で都内へ行ったときに月が魅力的で撮った写真。直前にまひやんに操作のヒントをいただいたにも関わらず、上手く設定できないのでピンボケの写真しか撮れなかった。ボーっと眺めていると、昔イラストで見た未来都市が眼前に広がっていることに気がついた。

都会に住んでいらっしゃる方々の実感はあまり無いのかも知れない。しかし、田舎暮らしの僕は、まるで映画のセットの中を歩いている感じがした。あまりにも綺麗なビルは(綺麗過ぎる・・)、後ろからつっかえ棒がないか?よく出来た張りぼてじゃないか?と、信じられないかも知れないけど、実は裏に回って見てみたりもした(笑)。だって、岡山/倉敷市のチボリ公園はそんな感じだったから・・

道をすれ違う人もエキストラではないか?と疑えばきりが無かった。

まるで映画『トゥルーマン・ショー』(The Truman Show)のような世界。ひょっとして・・

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オリジナル曲って?

最近聴いた友達のオリジナル曲の完成度の高さにびっくりした。いわゆる「好み」なのかも知れないけど、Aメロ・Bメロ・ブリッジ・サビとも、自分の中にはない導入や展開なので新鮮で魅力的。これは演奏するより聴いていたいタイプの曲。

こういった曲を聴くと、自分の作った曲の単純さにいまさらながら恥ずかしくなるとともに、創作ということについても再考してしまう。

高校から大学の数年間に、短い曲も含めればオリジナル曲?を50曲余り作ったはず。ところが、音源が残っている10曲ほど以外は、見事すっかり忘れている。

社会人になってからは10曲あまりかなぁ・・ 

そういえば、ここ2年ほどはちゃんと曲作りをしていないな。友達の曲に音を足させてもらったり、コーラスで参加させてもらったりぐらいかな。 

オリジナル曲を作る努力をしてしないことに「曲は自然に出来るもので、無理して作った曲は自分の中では歌うにも演奏するにも楽しくない」と、言い訳をしている自分がいる。

表現したい心情がないではないが、それを音曲で表現して公開することをためらう場合もある。そこには、なんとなく屈折した感情を持った自分がいて、聴き手には理解しづらいものではないかと思う。(意味不明な日本語なのでますます理解不能・・)

スティッカムで夜中に少し練習している。http://www.stickam.jp/profile/brown_murakumo

ここでは自分が演奏するほかに、外で聴ける方のページを覗いたりする。

元来愚鈍なもので、ちょっとお邪魔してすぐ出るというのが難しい。中まで入ってご挨拶したらなるだけ最後まで・・と思ってしまう。だからあまり時間の無いときは少しだけ外で聴かせていただくようになる。

演奏・歌ともに素晴らしく上手な方もいらっしゃれば、とっても楽しそうに会話されている方もいる。僕などはへたくそな練習を露出しているだけのライブなので、参考になることも、楽しんでいただけることも無いだろうと思う。

ただ、見聞きされた方は優越感に浸ることだけは出来るかも知れない。

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決断できるだろうか・・・

先日、欲しかった本を手に入れた。

「丸ごと一冊マーティンD-28」という2000年1月に発刊された本で、主にマーチンギターの歴史や、写真、プレイヤーやギター製作者の記事が載っている。当時定価1470円なのだが、現在再版予定は無いらしく中古本市場にたまに流通するが、おおむね5000円~1万円近くで取引されている。マニアの中では希少本だ。

ちょうど機会があって、入手したのだが、価格はやはり当時定価の4倍くらいだった。

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郵送で送られてきたのだが、・・・困った。

中古本なので多少の状態の悪さ(ページの汚れや落丁、バラケなど)も覚悟していた。有名な本の中身を見たかったし、掲載されているであろうギターの木目をビールを飲みながら眺めて、うっとりしたかった。

僕は木目が好きで、仏像や、奈良の寺院建築に使用されている大木や木目の詰まった木肌をみていると、鼻息は荒く、目はとろり、よだれは・・と、マタタビを嗅いだ猫のようになってしまう。触れることが出来る場合はなおさらだ。

なので、当然家には国宝や仏像・寺院のグラビア雑誌がたくさんあって、寝る前に読んだり電車の中で眺めたりしている。

困った。

早く読みたいのに。

何が困ったのかというと、実は送られてきた本の状態が良すぎるのだ。前の所有者は、果たしてちゃんと読んだのだろうか??

なんとこの本は、中古のはずなのに全く折り目がないのだ。まるでさっきまで書店の店頭平積みにあったような、新品同様なのだ。この本の中の写真を穴の開くほど見て恍惚状態になるためには、僕が、この僕が折り目を付けなくてはならないのだ。そんなことを僕ができるのだろうか?

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躊躇しているにはわけがある。

以前オークションで1972年のYAMAHA FG-200を買ったときもそうだった。40年近く経過しているのに傷ひとつない極上品で驚いた。これも苦手だった。僕は弾きたいのだから。最初から多少傷があったほうが、自分が弾き傷や当て傷をつくったときに罪悪感を感じなくていいのだ。せっかくのすばらしいコンディションを劣化させるのが怖いのだ。結局恐る恐る何度かなでるように弾いただけで、コレクターの方に引き取っていただいた。

とくに所有のギターは経年による音の成熟・・という観点もあるが、上記の理由から中古が多い。たとえば10個あった傷が11個になっても、精神衛生上まだましだから。

たかが数千円の本だけど、オリジナルの状態で残っているのはまた特別な存在でもある。だからといって、そーっと開いて隙間から覗き見したのでは恍惚にならないのだ。鼻息がかかるほど近くでガン見したいのだ。

ああ読みたいな。決断しなくては。つくづく小心者だと実感した・・

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携帯ストラップ

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こういったストラップや、キーホルダーをいくつか持っている。既製品もあればカスタムもあるが、それぞれに思い出があったりする。

僕はいつも携帯をズボンの左ポケットに入れているので、ハンカチやら鍵やらと絡まってこれまでも何個かちぎれたり壊れてしまった。壊れるとショックだし残念なので、以来いただきものは付けないで大事に保管している。もちろん自分が乱暴でがさつなのだから仕方ないのだけど、大切にしたいものはやっぱり大切。

たとえばよく画像を使っている木札は漆で「武羅雲」とかいてあるから、衝撃で文字がハゲてしまう可能性がある。本来ならいつも身に付けておきたいけど・・・

そこで、買ったのが革製のキーホルダー。家人から頼まれた小物を探していたら偶然発見。一緒に頼むと送料がかからないので注文した。よく見るとデザインはガットギターっぽい。

好きなキーワード「革」「茶色」「ギター」を合わせ持っているのでいい感じ。いつまで原形をとどめているかわからないけど、大切にしている小物達のシンボルとして一緒にいてもらおう。

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