« ひかり食堂 | トップページ | 1982年 LUCY »

感謝します

時々人の言葉に深く感銘を受けたり、影響を受けたり、自分を再確認したりすることがある。普段から「人の話はあまり聞かないね」って、家庭でも外でもよく言われるのだけど、時に言葉の意味を味わう時がある。ありがたく、感謝している。

以前、ある女性音楽家の方がよく男性と合奏する傾向にあって、ちょっと妬けたりもしたので「なんで男性とばかりするの?女性アーチストとはやらないの」と聞くと「レベルの低い女性より、ある程度のレベルの男性とやるのが楽しいから」って答え。

たまたま、その人の周りの状況がそうだったのだろうけど、本音の言葉だろうなぁと妙に納得したことがある。女性・男性ではなく、技術レベルが高い低いってことだと思う。

それはそうかも知れない。例えば社交ダンスでもフィギュアスケートのペアでも、互いに信頼関係があるから、リフトって女性を男性が差し上げる演技(あまり逆はみたことないな)では、土台の方がしっかりしていると、上の方も安心して身を任せられる。

学生時代、スナックでアルバイトをしていた時に、お店のホステスさんに社交ダンスを少し教えてもらったことがある。本当に少しなのだけど、「相手の股に太ももをグイって入れて、リードするんよ・・」とか、たしかにその方が動きのいいきっかけになったような気がする。そして、プロの方ならより素晴らしい指導なのだろうな。

バンドでもそう。大学時代ロックバンドに参加していた時、メンバーの都合で不慣れなドラムをやった時期がある。もともと器用なほうじゃないから、決めのおかずや、正確なテンポキープができず、演奏途中でメンバーがずっこけるという、クレイジーキャッツやドリフターズのコントのようなことになってしまった。

ギターもそう。いま、数本ある手持ちのギターも、その音色が好きなことや、ある程度の所有欲を満たしてくれること、ある程度の年齢を理由に、持っていてもおかしくないという、色々な要素でここにある。

ただ、音楽をやって人前で演奏して聞いていただくという、自己主張の道具としては、自他共に認める「アマチュア級」のレベルにある僕には少々もったいないと感じてきた。もっと上手い上級者の方が弾いて初めて楽器が生きるのでは?って感じがする。

そんなことを考えていると、少々忙しかったこともあるけど、ここ数日ギターに触れていないことに気づいた。以前なら5分でも10分でもという感じだったけど、所詮アマチュア級の腕前だから、おのずと限界も見えてくる。紙の厚さ一枚づつでも日々上手になりたいという、ささやかな目標も、地上をはう虫がジャンプしている様なものだろうな。楽しければそれでいいとも言えるし、どうせやるなら・・と人の捕らえ方は色々で、そのどれもが、それぞれにおいてそれぞれ正しい意見だと思う。すべて正解だろうと思う。

せみの幼虫が、7年間地中で暮らし、ひと夏のこととはいえ大空を飛び回り、恋をして子孫を残し、そして土に還っていく様をみて、「さて、僕には背中から羽根が生えてくるのかしらん?」と五十肩の肩甲骨の辺りを触ってみる。

さて、そんな中クリスマス頃に路上でやらせていただく機会を得ている。これまでのように図々しく、あつかましく人前でできるのか?アマチュア級の腕前で人前でやることは迷惑ではないのか?すべては聞き手の方の受け止め方や感想なのだろうが、それ以前にやり手側のハートの問題だろう。

毎日柔らかくなっていく左手の指先を眺めながら、いろいろなことを考えている。

Photo

|

« ひかり食堂 | トップページ | 1982年 LUCY »

音楽」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりですo(^-^)o 僕も 時々同じような事を 考えてることがあります。今年も後わづかですね 良いお年をお迎え下さい。m(_ _)mnotenotenoteo(^-^)o

投稿: 117-55のマスターですo(^-^)o | 2011年12月14日 (水) 10時28分

自分はギター始めるのが遅かったのと、自分の努力がもの凄く不足してるため、スーパーアマチュア級レベルです。
でも、周りの上手な方々(武羅雲さん含む)が演奏されているのにあこがれて、厚かましくも人前で弾く事にチャレンジしはじめてます。
もともと指が短く手が小さくと(体型的にもお腹が邪魔)ギターには非常に不向きな人間であっても、ギターが好き、その歌が好きならそれでいいじゃないかと思って、今は弾いてます。
もしかすると、聞かされてる方々には多大なご迷惑をおかけしてるのかも知れませんが・・・。

ギターにしても、ある程度の年齢になってからギターを購入しだしたので、大人買いというだけでなく、自分の腕では絶対に所有してはいけないギターを買ってしまったりしてます。
これについては、その分これから精進せねばならんという自戒の念も持って臨んでいる・・・といえばカッコいいですが、怠け者なのでなかなか出来てなかったりします。
でもギターをコレクションしてて、弾かずに飾ってる方もいますが、自分は楽器は弾いてあげるのが一番だと思っているのです。
だから、ギターを愛して弾いてあげているだけで少しはマシかなあというのを自分への免罪符にしています。

上手だから誰かに見せるのもいいでしょう。

でも、ギターを愛して、また自分の愛する曲を精一杯歌って伝えようとする姿は、テクニックのあるなしを超越して、もっと大事なことだと思っています。

武羅雲さんの魂のこもった演奏、歌を自分はこれからも聴かせていただきたいです。

投稿: kakuFW | 2011年12月14日 (水) 19時03分

117-55のマスターですo(^-^)o 様

時々立ち止まって冷静になると(幽体離脱)、自分の立ち位置やレベルが客観的に見えて、テンションが下がることがあります。
ただ単に頭が悪いのでしょう、すぐに忘れて、またばたばた動き回る傾向にあります。

今年もいろいろありましたが、目標を決めて、それを実現するために考えてレベルを上げていくという作業は多少ともできた気がします。自己満足かも知れませんが・・・・

また、来年もどうぞ宜しくお願いします。

年内も、ますますのお店のご繁盛を祈念します。

投稿: 武羅雲 | 2011年12月15日 (木) 10時37分

かくさん

>スーパーアマチュア級レベルです。

まるで、レスリングか、重量挙げか、ボクシングか、赤福大食い選手権かのようなクラスだと思います。

先日惜しくも逝去された立川談志師匠の名言

「己に自信の無い奴が常識に従う。不安を持つから動き出す。人生なんて食って、寝て、やって、終わり。 」


異端児と呼ばれた名人が感じたことなのでしょう。

シンプルに考えるために、最近よくこの言葉をかみ締めています。「やって」の解釈はそれぞれのご判断に委ねるのですが、僕はもちろん「演って」と解釈しています。


  ↑
うそですが・・

投稿: 武羅雲 | 2011年12月15日 (木) 10時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1246154/43370712

この記事へのトラックバック一覧です: 感謝します:

« ひかり食堂 | トップページ | 1982年 LUCY »